JAIA 日本自動車輸入組合
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新型MINI発売

2014年4月11日


~7年ぶりのフルモデルチェンジ~

ビー・エム・ダブリュー株式会社は2014年4月12日から、新型MINI(ハッチバックモデル)を発売します。
それに先立ち、同社は2014年3月25日(火)、記者発表会を開催しました。

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記者発表会では、MINIディビジョン本部長のフランソワ・ロカ氏から新型MINIの位置付けや、2014年の方針および展望が発表され、続いて同プロダクト・マーケティング・マネジャーの岡田信之氏から商品説明が行われました。詳細は以下の通りです。

MINIディビジョン本部長 フランソワ・ロカ氏

BMW MINIは2002年に初めて日本で販売を開始し、1年で10,000台を超える販売台数を達成しました。2010年からは4年連続で販売台数を伸ばし、昨年は過去最高の販売台数を記録しています。

2014年も成功を収めるべく、特に3つのポイントに注力をしていきたいと思います。
1つ目は、MINIのための新しい組織です。今まではBMWがMINIの事業を運営していましたが、今年の1月からMINIに特化した専門のチームが日本市場にフォーカスし、現場の声を取り入れる体制を整えています。
2つ目は、ディーラーネットワークの強化です。当初は69店舗を展開していましたが、現在では114店舗を有し、1~2年で10%の増加を目指しています。
最後に、商品企画力の充実です。

本日発表する新型MINIは、MINIのDNAは残しながらも、新しいプラットフォーム、新しいエンジン、新しい技術を兼ね備えています。新型MINIはプレミアム・コンパクト・セグメントを創出したモデルとして、そのリーダシップを発揮していきたいと思います。

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MINIディビジョン プロダクト・マーケティング・マネジャー 岡田信之氏

ハッチバックモデルのMINIは7年ぶりのフルモデルチェンジとなり、MINIのDNAを受け継ぎながらも、全てを一新し、1からMINIを創り上げました。

新型MINIの主な特徴としては、4つ挙げられます。
まず、MINIのデザインアイコンとモダンなデザインを両立させていること。フロント・グリルは従来より縦方向に広げることで初代MINIを彷彿とさせ、丸型ヘッドライトは形を維持しつつLEDライトを内蔵。インテリアでは、新たにセンター・ディスプレイが設置され、周囲を囲むLEDライトは操作に呼応して鼓動するように光ります。
次に、クリーンでエキサイティングなドライビングです。MINIのツインパワー・ターボ・テクノロジーにより、ハイパワーと高効率化を実現。グリーン・モードとドライビング・モードではそれぞれアクセルペダルの反応を調整し、エコな走りとスポーティな走りの両方を体感できます。MINI伝統のゴーカート・フィーリングを残したまま、サスペンションを改良し、剛性の向上も図っています。
そして、最新のナビシステムやスマートフォンとMINIを連動させる車載インフォテインメントなどの装備性も主な特徴の一つです。
最後に、先進技術として衝突・被害軽減ブレーキやパーキングアシスト機能などを搭載していることが挙げられます。価格はMINI CooperのMT車が266万円~、AT車が280万円~、MINI Cooper SのMT車は318万円~、AT車が332万円~となっています。

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MINIの歴史

MINIの歴史は1959年にまで遡ることができます。
初代MINIは、イギリスのブリティッシュ・モーター・コーポレーション(BMC)のエンジニアであったアレックス・イシゴニス率いるチームにより設計されました。

当時のイギリスは、スエズ動乱の影響で石油価格が高騰し、経済性に優れた小型車の開発が急務であり、BMC社は、エンジンこそ手持ちの製品を流用するものの、その他は既成の概念に捉われない、最小のサイズで4人乗車が可能なモデルを新たに開発することになりました。その結果、それまでの自動車とはまったく異なるパッケージングで誕生したのがMINIのヒストリーの始まりです。

車体寸法を極限まで切り詰め、その結果として全長が極めて短くなったフロントフードにエンジンとギアボックスを収めるために、横置きのエンジンの下にトランスミッションを配置するいわば二階建て方式を採り、双方の潤滑油を共用としていました。さらに、実用に耐えうる等速ジョイントが開発されたことから、現在に至る小型用車の主流であるフロントドライブ(FWD)を採用しました。

また、当時はダンロップ社に技術者として在籍し、後に自らの名前を冠した自転車を開発するアレックス・モールトンの設計によるラバーコーン・サスペンション、異例にクイックなステアリングのギアレシオ、さらには10インチタイヤの採用によるゴーカートのような操縦性は、その後のモデルチェンジによりサスペンション型式の変更やタイヤサイズの拡大などの変遷を経てもなお現在まで続くMINIのアイデンティティとして、この時点ですでに確立されていたのでした。

MINIは、イギリス市場において当初は高級車ユーザーのセカンドカーとして、また社会のオピニオンリーダーに受け入れられ、やがて人気モデルとなります。加えて、イシゴニスと親交のあったジョン・クーパーのチューンによる高性能仕様、ミニ・クーパーが登場することで、その人気は加速します。

その後、ボディ・バリエーションを次々と追加したMINIは、日本を含む世界の各国で販売され、モデルチェンジを受けることなく2000年までに累計で約530万台が生産されました。

しかし、MINI誕生後のイギリスの自動車産業は斜陽の一途を辿り、自動車メーカーは合従連衡を繰り返すも、遂にイギリス資本のメーカーは消滅してしまいます。MINIも、最後はこの合従連衡で誕生した国営メーカー、ブリティッシュ・レイランド(BL)の一員となりますが、1994年、MINIを含むローバー・グループの各ブランドはドイツのBMW社に買収されます。

BMW資本のもと新たなスタートを切ったMINIは、早速最初のモデルチェンジにむけて新型の開発に着手します。当初はローバー・グループと共同で開発が進められ、1997年のジュネーブショーでコンセプト・モデルが発表されますが、その後もローバー・グループの経営悪化に歯止めがかからず、BMW社はMINI以外のブランドを手放し、改めて同社による新型開発が開始されることになります。それは、ゼロからの再スタートであり、たとえば、これまでインチ単位で行われていた設計を、センチメートル単位に変更することまで行ったと言われています。
なお、BMW社がMINIを手元に残したのは、現代の乗用車の主流レイアウトであるFWD車を持たない同社にとって、ラインアップを拡大するうえで大きなメリットがあったためであると考えられています。

2代目となるMINIは、BMW社の手により初のモデルチェンジを行い、2001年4月、オックスフォードのカウリー工場で生産が開始、7月から市場に投入されます。ボディサイズは従来のモデルと比べおよそ2割程度拡大され、エンジンも1.6リッターとなりましたが、一目でMINIとわかるボディデザインと、内外装に初代のイメージを巧みに残しつつ、現代の技術で生まれ変わった新型は、そのゴーカート・フィーリングと共にMINIのアイデンティティを見事に継承し、加えてドイツのメーカーの手による秀でた高速走行性能を手に入れ、たちまちのうちに人気モデルとなります。

日本ではその翌年、2002年3月2日(ミニの日)に、新たに構築されたMINI専用の販売ネットワークからデビューし、従来のMINIのお客様に加え、多くの新しいユーザーを獲得します。

2006年、MINIは第三世代へとモデルチェンジを行います。外観は従来モデルと大きく変わらないものの、この変更の最大の目的は安全性の向上にありました。技術の進歩により高められる安全基準に対応し、乗員と歩行者の両方を保護するさまざまな安全対策が施されます。また、エンジンもフランスのPSAとの共同開発による新型の1.6リッターが搭載され、静粛性と燃費性能の向上が図られました。

ボディ・バリエーションの追加も積極的に行われました。2007年にクラブマン、2009年にコンバーチブル、2011年にはボディサイズを拡大したMINI初のSUVであるクロスオーバー、その発展形のペースマン、2シーターのクーペ、またクーペをベースにしたロードスターと、次々にラインアップを拡大します。これらは、世界的なダウンサイジングの流れと小型車へ個性を求める消費者嗜好の多様化と相まって、それぞれ成功を収めます。

そして2013年11月、第43回東京モーターショーの会場において、BMW社として3度目のフルモデルチェンジを行った新型MINIが初公開されました。

これまで3世代に渡り培ってきたMINIのイメージとアイデンティティを忠実に踏襲しながらも、さまざまな革新的技術により安全性や環境適合性、また快適性や走行性能など、両立の難しい条件をクリアした新しいMINIが、世界の道を走り始めます。

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○MINIについてはこちらから。
MINI Japanホームページ
http://www.mini.jp/

○新型MINI(プレスリリース)についてはこちらから。
http://www.mini.jp/news_events/press_release/20140325_Mini_new/index.html

本記事の取材は、2014年3月に行いました。