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McLaren P1TM日本初公開

2013年8月9日


~マクラーレン・オートモーティブのハイパフォーマンスモデルの第3弾~

マクラーレン・オートモーティブは2013年5月28日(火)、McLaren P1TMを日本初公開しました。

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McLaren P1TMは、3.8リッターのツインターボV8ガソリン・エンジンとモーターを組み合わせたハイブリッドカーで、MP4-12C、MP4-12C Spiderに続く、マクラーレン・オートモーティブのハイパフォーマンスモデルの第3弾です。生産台数は375台限定です。

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マクラーレンとF1は、切っても切れない関係にあります。McLaren P1TMというモデル名もF1に由来し、F1由来の技術が数多く盛り込まれています。McLaren P1TMはポジション1または1位を表します。
マクラーレンは、これまで47年に渡ってF1に参戦し、グランプリ182勝、ポールポジション155回を獲得しています。

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McLaren P1TMの特徴は以下の通りです。

  • 3.8リッターのツインターボV8ガソリン・エンジン「M838TQ」と1基のモーターを組み合わせたハイブリッドパワートレインを採用し、916PS(903bhp)の最高出力を発揮。最高速度は350㎞(リミッター作動)。
  • Eモードにすれば、モーターのみで10㎞以上の走行が可能。最高速度は160㎞/h超。バッテリーは、プラグイン方式による外部電源からの充電も可能。
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  • 可変式ウイング等のアクティブ・エアロダイナミクスを採用し、圧倒的なダウンフォースを発生。
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  • F1のテクノロジーを応用し、カーボン・セラミック・ブレーキ、インスタント・パワー・アシスト・システム(IPAS)、ドラッグ・リダクション・システム(DRS)、ブレーキステア等を搭載。
  • 車高やスプリングレートの調整が可能なサスペンション(レースアクティブ・シャシー・コントロール(RCC))を採用。
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  • 戦闘機のキャノピーにヒントを得たグラス・キャノピーと、ハンマーヘッド(シュモクザメ)を思わせるノーズ。
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  • カーボン・ファイバー製のモノコック、ボディ・パネル、インテリアを採用。
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マクラーレンとは

マクラーレン(McLaren)始まりは、1963年にブルース・マクラーレン(Bruce McLaren)(1937-1970)によって設立された、ブルース・マクラーレン・モーターレーシングにあります。

ブルース・マクラーレンは、ニュージーランド出身のレーシングドライバーで、国内レースで優秀な成績を収めたことにより、奨学金を得てイギリスへのレース留学のパスポートを手にします。
イギリスではおもにF2レースで活躍し、1959年にはF1へとステップアップを果たします。一流コンストラクターであったクーパー・カー・カンパニー(Cooper Car Company )からデビューし、最終戦のアメリカGPで当時の最年少優勝を記録します。

その後、1963年に自らのチームを結成し、また引き続きクーパーからF1への参戦を継続しますが、1966年、クーパーから完全に独立し、独自のシャシーを設計、製造するレーシング・コンストラクターとなり、ドライバーとしてもレース参加を続けます。
F1と並行して北米のCan-Amにも挑戦、1967年から1970年まで連続してチャンピオンシップを獲得し、同レースを席巻します。

ところが、1970年6月、イギリス南部郊外のグッドウッド・サーキット(Goodwood Circuit)でCan-Am用のマシンをテスト中、事故死してしまいます。

その後、マクラーレン・チームはアメリカ人実業家であるテディ・メイヤー(Teddy Mayer)によって引き継がれ、ブルースの死から4年後の1974年、ブラジル人ドライバー、エマーソン・フィッティパルディ(Emerson Fittipaldi)の活躍によりF1で初タイトルを獲得、1980年にはロン・デニス(Ron Dennis)率いるプロジェクト4レーシング・チームと合併し、現在に至ります。

その間、マクラーレン・オートモーティブを含むマクラーレン・グループを形成する企業へと発展、またF1を代表するコンストラクターとして君臨を続け、ジョン・バーナード(John Barnard)の設計による初のフルカーボン・コンポジットボディのMP4/1、1984年からのドライバーズタイトルの3連覇、1988年の16戦中15勝等、その活躍と話題性には枚挙に暇がありません。
ブルース・マクラーレンは、当初からレース活動とは別に市販のロードカーを開発し販売することを計画していました。残念ながら彼の存命中には叶いませんでしたが、1992年、ゴードン・マレー(Gordon Murray)設計によるマクラーレンF1を発表、翌年から市販を開始することにより、その夢は実現します。マクラーレンF1は、そのボディにF1マシン並みのカーボンコンポジット材を採用し、フロアにはアルミ材をカーボン・ファイバーで挟み込んだ高剛性素材が使用され、徹底的に金属素材の使用を排除した構造で、高度な剛性と軽量化を両立していました。エンジンは、BMW製の6.1リッターV型12気筒を搭載、また、中央にドライバー、左右に助手席をそれぞれ設けた3座の特異な乗員レイアウトを採っていました。20世紀の最後を飾るスーパー・スポーツ・カーであったと言えます。

2003年には、当時マクラーレンのF1マシンにエンジンを供給していたメルセデス・ベンツ社と共同開発したメルセデス・ベンツSLRマクラーレンを発表し、市販します。2011年、これまでの技術を結集したMP4-12Cを発表、市販を開始し、日本にも進出を果たします。

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マクラーレン・オートモーティブ 会社概要

マクラーレン・オートモーティブ(McLaren Automotive Limited)は、マクラーレン・グループにおける市販車メーカーとして、2009年にイギリスで設立されました。当組合には、アジア太平洋におけるマクラーレン車両の輸入等の業務を行う、マクラーレン・オートモーティブ・アジア(McLaren Automotive Asia Pte Limited.)が会員として加入しています。

正規販売代理店は、現在、東京と大阪の2か所で展開しています。

○マクラーレンについてはこちらから。
マクラーレン オフィシャルサイト(英語)
http://cars.mclaren.com/home.html

○マクラーレン東京についてはこちらから。
http://www.tokyo.mclaren.com/

○マクラーレン大阪八光についてはこちらから。
http://www.mclaren-hakko.com/

本記事の取材は、2013年5月に行いました。